タイ各地の歌と洋楽、ポップスとの交流
タイ各地で歌われてきた曲を聴き、洋楽との交流を経た音を聴き、日本や韓国とのポップスのやり取りもたどる。古い録音にラテン風のリズムがあったり、新しいダンス曲に地域の言葉が残っていたり。順番を決めずに聴いても、曲ごとに楽しめるところがあります。
モーラムとルークトゥンは、タイの音楽を読むとよく出てくる名前です。モーラムには節をつけて物語や言葉を交わす芸があり、ルークトゥンには暮らしや恋を歌ってきたポピュラー音楽の歴史があります。接点の多い二つですが、意味は同じではありません。両方を組み合わせたルークトゥン・モーラムという表現もあります。
T-POPは音楽産業でThai Popを指す言葉ですが、講演ではもっと広く、タイに関わる音楽を楽しむ言葉として使われています。ここでも、その両方の意味で曲を紹介します。モーラムの次にルークトゥンが来て、T-POPへ置き換わったわけではありません。それぞれの音楽が同じ時代に演奏され、歌われています。

イサーンとラオスで歌われるモーラム
チェンマイのある北部とは別に、東北部にはイサーンと呼ばれる地域があります。モーラムは、イサーンとラオスの文化に深く関わる音楽。หมอลำと書き、MolamやMor Lamとも表記します。国境で区切って見るだけでは、言葉や演奏のつながりを見落としてしまいます。
モーは熟練した人、ラムは節をつけて歌うこと。モーラムという言葉は芸そのものにも、それを歌う人にも使われます。物語を語り、相手に問いかけ、気の利いた言葉で返す。決まった旋律を歌うだけではない、語りや掛け合いの面白さを持っています。
伴奏でよく使われるのが、竹の管を束ねた吹奏楽器、ケーンです。声と楽器がどんなふうに応え合うかも聴いてみましょう。Smithsonian Folkwaysはモーラムを紹介する際、恋の駆け引きや社会へのコメント、即興の言葉遊びも取り上げています。
モーラムには電気楽器やシンセサイザーを使う演奏もあり、録音や大きなステージに合わせた表現も生まれています。2017年には、ラオスの「ラオの人々のケーン音楽」がユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に載りました。伝えられているのは楽器のことだけでなく、人が集まって歌い、踊る文化でもあります。

暮らしや恋を歌うルークトゥン
ルークトゥンはลูกทุ่งと書き、Luk Thungとも表記されます。文字どおりには田畑の子という意味で、タイのカントリーミュージックと紹介されることも。ただ、アメリカのカントリーを想像する前に、歌声を聴いてみてください。節を付けたり、伸ばした音を揺らしたりして、短い言葉をじっくり歌います。
1950〜60年代、農村の暮らしを題材にした歌が、放送などを通じて広まりました。中央部や東北部など、いくつもの地域の表現が関わっています。村の古い歌をそのまま全国で流したというだけではありません。映画やラジオから入ったマンボやカントリーも取り込み、歌手や楽団、録音や放送に携わる人たちが、新しい歌をつくってきました。
恋や仕事、家族への思い、社会への不満を、誰がどんな声で歌うのか。楽器や歌いかける相手が変われば、印象も違ってきます。衣装やMVに映る風景まで見てみると、地域の暮らしをどう伝えようとしているかも感じ取れます。
後に載せるカーオティップ・ティダーディンの「O.K.บ่อ้าย」でも、歌の言葉や節回し、映像の風景を一つずつ見てみましょう。懐かしく聴こえたなら、どの音や場面でそう感じたかを探してみる。同じ曲でも、聴き直すと気付くことがあります。

出稼ぎや故郷を離れた人を歌う曲
講演資料に載るチャバープライ・ナームワイの「ラム・プルーン サウジアラビアへの思い」は、海外で働く夢や、そのために背負った借金を歌います。思うようにいかなかった暮らしと、残してきた家族への心配も描かれる。心地よいリズムでも、歌の内容まで明るいとは限りません。
この曲は、スリン・パークシリがプロデュースした録音を集めたEM Recordsの作品で聴けます。2022年の再発盤が扱うのは、1960〜80年代のモーラム録音。昔の演奏を別の国のレーベルが紹介し、日本語の解説とともに届けています。そうして、新たに曲を知る聴き手も増えていきます。
ポンシット・カムピーの「ไถ่เธอคืนมา」は、講演では「君を買い戻す」と紹介されています。貧困と搾取によって故郷を離れた少女を思い、尊厳を傷つけずに迎えたいと願う歌です。ここで書いているのは物語の大意。社会問題を背景にしていても、歌に登場する人の経験を、その地域に暮らす人全体の姿と重ねては読めません。
海外へ働きに出る人たちに呼びかける歌と、離れた相手を思う歌。二曲では、音だけでなく語り手の立場も異なります。誰がどこにいて、誰へ話しかけているのかを知ると、歌の言葉を、そこに暮らす一人の話として聴くことができます。
- ポンシット・カムピー「ไถ่เธอคืนมา」
故郷を離れ、搾取に苦しむ相手を思う歌。本人の公式チャンネルが公開する音源です。

ダンスホールの音楽からThe Impossiblesへ
タイのポピュラー音楽は、ベトナム戦争期より前から西洋音楽と接していました。1940年代には西洋のダンスホール音楽も取り入れられています。踊る場所や映画、ラジオ、レコードを通じて曲が届いたことを考えると、ジャンル名だけでは分からない交流も見えてきます。
1960年代の米軍駐留も、バンコクなどの音楽環境に影響しました。客の求める曲を演奏することが、新しい楽器や編曲を学ぶ機会にもなったのです。それでも、タイのバンド音楽をすべて米軍由来とは説明できません。それ以前の交流や、演奏家自身が試してきたこともありました。
The Impossiblesは1966年結成。講演でも紹介されるバンドです。メンバーへの聞き取りを含むコンケン大学の研究では、ビートルズ、シカゴ、サンタナなどの影響と、和声やリズムの特徴を分析しています。1975年のアルバム『Hot Pepper』は、今も正規配信で聴けます。
知っている洋楽に似た部分を探すだけでなく、管楽器が入るところや、歌と伴奏の間、繰り返すリズムも聴いてみましょう。海外から届いた曲を地元の演奏家が選び、編曲して演奏する。そうして聴き手に届けられた音楽は、その土地の暮らしにも加わっていきます。

タイと沖縄の歌を聴き比べる
DJハイナさんの講演では、タイの曲と沖縄の曲を続けて聴きます。楽器の音に加えて、踊り方や掛け声、衣装、故郷への思いも比べられる選曲です。知っている沖縄の歌の隣に置いてみると、初めて聴くタイの曲にも、耳を向けやすくなります。
15世紀ごろ、琉球王国はシャムを含む東南アジアと交易していました。講演の食や酒の話からも、海を行き来していたころを思い浮かべられます。ただ、交易があったことだけを根拠に、現在の旋律や楽器が直接つながっているとは言えません。
近現代の音楽なら、コザの歴史とも比べられます。沖縄市の解説によると、戦後は米軍人の客に向けたジャズの需要が生まれ、1960年代にはロックが広まりました。タイとは歴史も社会の条件も違いますが、海外の音楽を地元の演奏家がどう取り入れたかという点から、両方を聴くことができます。
誰に向かって演奏し、どの言葉で歌い、地元の音をどこに残したのか。そんなところまで聴いてみると、似ているという印象の理由も考えられます。ここからは、DJハイナさんの講演に沿って、タイと沖縄を聴き比べます。

ピンと三線の形や伴奏を比べる
イサーンのピンも沖縄の三線も、弦をはじいて音を出し、歌の伴奏などで使われる楽器です。写真で見比べると、棹や胴の形、弦の張り方、音を響かせるためのつくりが違うことも分かります。
The Metの解説によると、ピンはイサーンで歌の伴奏や求愛に使われてきました。現在は電気で増幅し、音をゆがませる演奏もあります。講演資料のエレキ・ピンの写真からも、新しい機材を取り入れていることが分かる。所蔵されている昔の楽器と、今の演奏を合わせて見ると、変わってきた部分も知ることができます。
歌の後を追う演奏なのか、歌の合間に別のフレーズを弾くのか、短い音型を繰り返して踊りを支えるのか。音色以外にも、比べられるところがあります。ピンでも三線でも、歌声から少し耳を離し、弦の音を追ってみてください。
講演で触れている五音音階、ペンタトニックは、1オクターブの五つの音を基本にする音階です。沖縄県は、代表的な琉球音階をド・ミ・ファ・ソ・シと紹介しています。同じ五音でも、選ぶ音や音同士の間隔、旋律の進み方はさまざま。音階や起源が同じと決める前に、自分の耳で似ていると感じる一節を探してみましょう。

タイの行列と沖縄の道じゅねー
タイの出家の行列で奏でる音楽と、沖縄の青年会の道じゅねーも、講演では続けて紹介されます。道じゅねーは、旧盆などに地域を練り歩くエイサーです。ステージの演奏とは違い、道や集落を移動しながら奏でる様子を映像で見ることができます。
太鼓や金属の打楽器が鳴り、歌に掛け声が重なり、周囲の人も踊り始める。旋律を聴くだけでなく、その場に参加することも含まれています。映像では歌い手の周りも見てみましょう。誰がどこで応え、どんなときに体を動かすかが分かります。
タイの出家の行列と沖縄の旧盆行事は、目的も担う人も異なり、同じ儀礼ではありません。それぞれの場で音楽がどう人を集め、普段の道でどんな時間をつくっているのか。その様子を別々に見たうえで比べる選曲です。
衣装にも、土地の織物や模様を使ったもの、舞台に合わせて組み直したものがあります。伝統的という言葉だけでまとめず、歌や振付と一緒に見て、どういう印象になるのかを考えてみることもできます。
聴き比べ①「O.K.บ่อ้าย」と「ダイナミック琉球」
カーオティップ・ティダーディンの「O.K.บ่อ้าย」は、気になる相手への恋心を歌っています。2012年の公式MVに映るのは、田畑や地域の模様を使った衣装。この曲の研究でも、イサーンの言葉や節回し、楽器、風景を組み合わせているところが取り上げられています。
続いて聴くのは、成底ゆう子の「ダイナミック琉球」。平田大一が作詞し、イクマあきらが作曲しました。海や島の自然、人の思いを大きく歌う曲です。KING RECORDSの2011年版映像を載せています。語りのような口説、くどぅちと、歌の部分の違いにも耳を向けてみましょう。
恋心を歌う曲と、島への思いを歌う曲なので、歌詞が同じという比較ではありません。言葉を伸ばす歌い方、繰り返すうちに高まる気分、踊りと合わせた音。それぞれを続けて聴くと、自分が近いと感じた部分を探せます。講演では、こんな聴き方も提案されています。
イクマあきら自身による「ダイナミック琉球」の公式MVもあります。同じ曲でも、歌い手が変わると声の出し方や音の厚みはどう変わるでしょうか。タイと沖縄を比べた後、同じ曲の別の演奏も聴いてみることができます。
- カーオティップ・ティダーディン「O.K.บ่อ้าย」
恋心を歌うルークトゥンです。歌い方とともに、地域の風景や衣装を映像でどう見せているかも見てみましょう。
- 成底ゆう子「ダイナミック琉球」
作詞は平田大一、作曲はイクマあきら。島の自然や人の思いを歌っています。語りと歌が切り替わるところも聴けます。
聴き比べ② 祝いの歌と、遠くの人を思う歌
講演には、りんけんバンドの「ありがとう」も登場します。照屋林賢が作詞と作曲を手掛け、結婚や子どもの成長、長寿などを祝う曲です。言葉の意味を知って聴くと、繰り返す感謝の言葉や合いの手が、人の集まる祝いの場面にどう関わっているかを感じ取れます。
ここでモーラムや祭りの音楽に戻ってみましょう。一人の歌に周囲が応え、繰り返すフレーズを覚えて一緒に参加する。歌に描かれる暮らしは違っても、歌い手と聴き手がどうやり取りするかは、両方の音楽で比べられます。
ネーネーズの「真夜中のドライバー」は、1994年のアルバム『コザdabasa』に収録されています。岡本おさみ作詞、知名定男作曲。都会でタクシーを運転する沖縄出身の恋人を、離れた場所から思う歌です。仕事の疲れや別々に暮らす不安を描きながら、島の歌が故郷を思い出させます。
サウジアラビアへの出稼ぎを歌うモーラムと続けて聴くと、音階以外にも比べられるところがあります。土地を離れる人と待つ人の思い、暮らしをよくしたい願いや寂しさ。社会の背景が違う二曲を同じ物語にせず、それぞれの人の立場から聴いてみましょう。
講演は、海外で暮らすラオ系の人々やウチナーンチュにも触れています。故郷の歌を聴くのは、地元にいる人だけではありません。遠くへ移った人が歌い続け、次の世代に教えることも、その音楽を支えています。

ラムヤイの歌とMILLIのラップ
後半で取り上げるラムヤイ・ハイトーンカムは、タイ語ではลำไย ไหทองคำ。「ผู้สาวขาเลาะ」は、遊びや祭りが好きな女性が、気になる相手への恋を自分の言葉で歌う曲です。2016年の公式歌詞動画で、歌の流れと言葉のリズムを一緒に聴けます。
作詞はアーム・チュティマーです。歌手だけでなく作り手の名前から、別の曲を探すこともできます。この歌の女性は、イサーンの女性全体を代表する人ではなく、一曲の語り手。声の勢いや言い切り方、力を抜くところを聴くと、歌い手自身の表情も伝わります。
MILLIの「พักก่อน(Phak Kon)」は、本人が詞を書き、NINOがプロデュースした曲です。人間関係への苛立ちや、少し落ち着こうという呼びかけを、強い口調とユーモアでラップしています。俗語や強い表現も含まれる歌詞です。
2022年、MILLIは88risingとともに米国の音楽祭Coachellaに出演しました。所属先のYUPP!は、ステージでマンゴーともち米のデザートを食べたことも紹介しています。世界のポップスの舞台に立っていても、身近な食べ物や言葉を表現に取り入れられる。その姿が話題になりました。
ラムヤイの歌とMILLIのラップを続けて聴くと、メロディや言葉の詰め方、声と伴奏の関係が違うことも分かります。二人それぞれの歌い方を楽しめます。
- ラムヤイ・ハイトーンカム「ผู้สาวขาเลาะ」
遊びや祭りが好きな語り手の恋心を歌う曲。作詞 アーム・チュティマー。
- MILLI「พักก่อน(Phak Kon)」
作詞はMILLI、プロデュースはNINO。人間関係を強い口調とユーモアでラップしています。俗語や強い表現を含む曲です。

タイの原曲とBerryz工房のカバー
2000年代には、タイの音楽表現や産業にJ-POPやK-POPも影響しました。一方で、タイの曲を日本で歌うこともあります。講演で紹介されるBerryz工房の「cha cha SING」は、その一曲です。
2012年発売の「cha cha SING」は、バード・トンチャイの曲のカバーです。タイ語版「เรามา Sing」と続けて聴けます。Hello! Projectの公式作品情報では、原詞がMukek Jongmankhong、作曲がSudsan Wongsamut、日本語詞がつんく、編曲が大久保薫と紹介されています。
同じ曲を、違う言葉や歌い手で歌うと、新しい聴き手にも届きます。日本のアイドル曲を知っていれば、そこからタイの原曲を探すこともできる。発音や歌い始めるところ、声の人数、振付を比べると、旋律は共通でも変わった部分が見つかります。
CEAは、海外公演や業界の交流とともに、配信やSNSなどデジタルメディアの働きも紹介しています。動画で曲を知り、作り手を調べ、ほかの歌手の作品も聴く。今のT-POPでは、そんな聴き方からもタイと海外のやり取りを知ることができます。
モーラムからでも、ルークトゥンやバンド、アイドル、ラップからでも、次に聴く曲を探せます。国籍や見た目だけでタイらしい音を決めず、一曲の中の声や楽器に耳を向けてみましょう。T-POPと呼ばれる音楽にも、さまざまな違いがあります。
- バード・トンチャイ「เรามา Sing」
「cha cha SING」のタイ語の原曲です。日本語のカバーと続けて聴くと、言葉の響きや声の重ね方を比べられます。
- Berryz工房「cha cha SING」
2012年発売。日本語詞はつんく、編曲は大久保薫です。タイの曲を日本語で歌った作品として紹介しています。
曲を聴き直し、ほかの演奏も聴く
同じ曲を、声に耳を向けて聴き、次に楽器を追い、最後に言葉の意味を調べて聴き直す。最初から全部を知る必要はありません。歌詞の内容を読んでからMVへ戻ると、見過ごしていた風景や身振りに気付くこともあります。
知っている沖縄の歌と続けて聴いて、似たところと違うところを一つずつ探してみましょう。DJハイナさんの選曲をたどると、好きな音楽からタイの曲を聴き始められます。
チェンマイの楽器や地域の歩みを読むなら、ランナーを扱う「チェンマイ音楽史」へ。活動中のバンドを聴くなら、SANIMYOKと瑛人の「Free Bird」を紹介する特集があります。タイと沖縄を聴き比べたあと、気になったバンドや曲をさらに聴くこともできます。
原案・講演資料
DJハイナ(DJ817)『THAI POP MEETING 新春タイポップ大会』、2025年1月12日、全83ページ。ゲスト HASSI(ソムタムワナカーン)。
FreeBirdChiangMaiが、DJハイナさんの選曲と、タイと沖縄を聴き比べる考え方に沿って構成し、加筆編集しました。歴史の説明は公開研究資料と公式資料から、曲の紹介はアーティストやレーベル、正規配信サービスの情報からまとめています。
タイの曲を聴いてから沖縄の歌へ戻ると、前とは違うところが気になるかもしれません。覚えた曲をもう一度かけて、声や楽器を聴き比べてみてください。

