タイ各地の歌と洋楽、ポップスとの交流

タイ各地で歌われてきた曲を聴き、洋楽との交流を経た音を聴き、日本や韓国とのポップスのやり取りもたどる。古い録音にラテン風のリズムがあったり、新しいダンス曲に地域の言葉が残っていたり。順番を決めずに聴いても、曲ごとに楽しめるところがあります。

モーラムとルークトゥンは、タイの音楽を読むとよく出てくる名前です。モーラムには節をつけて物語や言葉を交わす芸があり、ルークトゥンには暮らしや恋を歌ってきたポピュラー音楽の歴史があります。接点の多い二つですが、意味は同じではありません。両方を組み合わせたルークトゥン・モーラムという表現もあります。

T-POPは音楽産業でThai Popを指す言葉ですが、講演ではもっと広く、タイに関わる音楽を楽しむ言葉として使われています。ここでも、その両方の意味で曲を紹介します。モーラムの次にルークトゥンが来て、T-POPへ置き換わったわけではありません。それぞれの音楽が同じ時代に演奏され、歌われています。

ラオス・サワンナケート県でケーンを演奏する人(2013年)。チェンマイの演奏会ではありません。
ラオス・サワンナケート県でケーンを演奏する人(2013年)。チェンマイの演奏会ではありません。 · BigBrotherMouse · CC BY-SA 3.0 · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

イサーンとラオスで歌われるモーラム

チェンマイのある北部とは別に、東北部にはイサーンと呼ばれる地域があります。モーラムは、イサーンとラオスの文化に深く関わる音楽。หมอลำと書き、MolamやMor Lamとも表記します。国境で区切って見るだけでは、言葉や演奏のつながりを見落としてしまいます。

モーは熟練した人、ラムは節をつけて歌うこと。モーラムという言葉は芸そのものにも、それを歌う人にも使われます。物語を語り、相手に問いかけ、気の利いた言葉で返す。決まった旋律を歌うだけではない、語りや掛け合いの面白さを持っています。

伴奏でよく使われるのが、竹の管を束ねた吹奏楽器、ケーンです。声と楽器がどんなふうに応え合うかも聴いてみましょう。Smithsonian Folkwaysはモーラムを紹介する際、恋の駆け引きや社会へのコメント、即興の言葉遊びも取り上げています。

モーラムには電気楽器やシンセサイザーを使う演奏もあり、録音や大きなステージに合わせた表現も生まれています。2017年には、ラオスの「ラオの人々のケーン音楽」がユネスコ無形文化遺産の代表一覧表に載りました。伝えられているのは楽器のことだけでなく、人が集まって歌い、踊る文化でもあります。

ルークトゥン公演として撮影者が公開した舞台写真(2015年掲載)。出演者と会場は原典で特定されていません。
ルークトゥン公演として撮影者が公開した舞台写真(2015年掲載)。出演者と会場は原典で特定されていません。 · Ploytomas · CC BY-SA 4.0 · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

暮らしや恋を歌うルークトゥン

ルークトゥンはลูกทุ่งと書き、Luk Thungとも表記されます。文字どおりには田畑の子という意味で、タイのカントリーミュージックと紹介されることも。ただ、アメリカのカントリーを想像する前に、歌声を聴いてみてください。節を付けたり、伸ばした音を揺らしたりして、短い言葉をじっくり歌います。

1950〜60年代、農村の暮らしを題材にした歌が、放送などを通じて広まりました。中央部や東北部など、いくつもの地域の表現が関わっています。村の古い歌をそのまま全国で流したというだけではありません。映画やラジオから入ったマンボやカントリーも取り込み、歌手や楽団、録音や放送に携わる人たちが、新しい歌をつくってきました。

恋や仕事、家族への思い、社会への不満を、誰がどんな声で歌うのか。楽器や歌いかける相手が変われば、印象も違ってきます。衣装やMVに映る風景まで見てみると、地域の暮らしをどう伝えようとしているかも感じ取れます。

後に載せるカーオティップ・ティダーディンの「O.K.บ่อ้าย」でも、歌の言葉や節回し、映像の風景を一つずつ見てみましょう。懐かしく聴こえたなら、どの音や場面でそう感じたかを探してみる。同じ曲でも、聴き直すと気付くことがあります。

サムイ島でバンドと演奏するポンシット・カムピー(2022年)。本文で紹介する曲をこの場で演奏したかは確認していません。
サムイ島でバンドと演奏するポンシット・カムピー(2022年)。本文で紹介する曲をこの場で演奏したかは確認していません。 · Per Meistrup · CC BY-SA 4.0 · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

出稼ぎや故郷を離れた人を歌う曲

講演資料に載るチャバープライ・ナームワイの「ラム・プルーン サウジアラビアへの思い」は、海外で働く夢や、そのために背負った借金を歌います。思うようにいかなかった暮らしと、残してきた家族への心配も描かれる。心地よいリズムでも、歌の内容まで明るいとは限りません。

この曲は、スリン・パークシリがプロデュースした録音を集めたEM Recordsの作品で聴けます。2022年の再発盤が扱うのは、1960〜80年代のモーラム録音。昔の演奏を別の国のレーベルが紹介し、日本語の解説とともに届けています。そうして、新たに曲を知る聴き手も増えていきます。

ポンシット・カムピーの「ไถ่เธอคืนมา」は、講演では「君を買い戻す」と紹介されています。貧困と搾取によって故郷を離れた少女を思い、尊厳を傷つけずに迎えたいと願う歌です。ここで書いているのは物語の大意。社会問題を背景にしていても、歌に登場する人の経験を、その地域に暮らす人全体の姿と重ねては読めません。

海外へ働きに出る人たちに呼びかける歌と、離れた相手を思う歌。二曲では、音だけでなく語り手の立場も異なります。誰がどこにいて、誰へ話しかけているのかを知ると、歌の言葉を、そこに暮らす一人の話として聴くことができます。

ミュンヘンで演奏するカルロス・サンタナ(2000年)。The Impossiblesへの影響源として本文で紹介する音楽家です。
ミュンヘンで演奏するカルロス・サンタナ(2000年)。The Impossiblesへの影響源として本文で紹介する音楽家です。 · Jaud · CC BY-SA 3.0 · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

ダンスホールの音楽からThe Impossiblesへ

タイのポピュラー音楽は、ベトナム戦争期より前から西洋音楽と接していました。1940年代には西洋のダンスホール音楽も取り入れられています。踊る場所や映画、ラジオ、レコードを通じて曲が届いたことを考えると、ジャンル名だけでは分からない交流も見えてきます。

1960年代の米軍駐留も、バンコクなどの音楽環境に影響しました。客の求める曲を演奏することが、新しい楽器や編曲を学ぶ機会にもなったのです。それでも、タイのバンド音楽をすべて米軍由来とは説明できません。それ以前の交流や、演奏家自身が試してきたこともありました。

The Impossiblesは1966年結成。講演でも紹介されるバンドです。メンバーへの聞き取りを含むコンケン大学の研究では、ビートルズ、シカゴ、サンタナなどの影響と、和声やリズムの特徴を分析しています。1975年のアルバム『Hot Pepper』は、今も正規配信で聴けます。

知っている洋楽に似た部分を探すだけでなく、管楽器が入るところや、歌と伴奏の間、繰り返すリズムも聴いてみましょう。海外から届いた曲を地元の演奏家が選び、編曲して演奏する。そうして聴き手に届けられた音楽は、その土地の暮らしにも加わっていきます。

沖縄市のコザ・ミュージックタウン(2012年)。本文で触れるコザの音楽の街の一風景で、戦後当時の写真ではありません。
沖縄市のコザ・ミュージックタウン(2012年)。本文で触れるコザの音楽の街の一風景で、戦後当時の写真ではありません。 · あばさー (Abasaa) · Public domain (author dedication) · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

タイと沖縄の歌を聴き比べる

DJハイナさんの講演では、タイの曲と沖縄の曲を続けて聴きます。楽器の音に加えて、踊り方や掛け声、衣装、故郷への思いも比べられる選曲です。知っている沖縄の歌の隣に置いてみると、初めて聴くタイの曲にも、耳を向けやすくなります。

15世紀ごろ、琉球王国はシャムを含む東南アジアと交易していました。講演の食や酒の話からも、海を行き来していたころを思い浮かべられます。ただ、交易があったことだけを根拠に、現在の旋律や楽器が直接つながっているとは言えません。

近現代の音楽なら、コザの歴史とも比べられます。沖縄市の解説によると、戦後は米軍人の客に向けたジャズの需要が生まれ、1960年代にはロックが広まりました。タイとは歴史も社会の条件も違いますが、海外の音楽を地元の演奏家がどう取り入れたかという点から、両方を聴くことができます。

誰に向かって演奏し、どの言葉で歌い、地元の音をどこに残したのか。そんなところまで聴いてみると、似ているという印象の理由も考えられます。ここからは、DJハイナさんの講演に沿って、タイと沖縄を聴き比べます。

細長い棹と木の胴をもつ、19世紀後半のタイの弦楽器ピン
ピンの所蔵資料。19世紀後半のタイの楽器。現在のエレキ・ピンとは形や装置が異なります。 Phin, late 19th century. The Metropolitan Museum of Art, The Crosby Brown Collection of Musical Instruments, 1889, 89.4.288. Public Domain. 縮小・WebP変換。 写真出典 Public Domain / The Met Open Access
三本の弦と丸みのある胴をもつ沖縄の三線。写真の胴には人工皮が使われている
沖縄の三線。写真は人工皮を張った一例です。ピンと並べて、棹や胴のつくりを見比べてみてください。 Sanshin — TimDuncan, 2007, Wikimedia Commons, CC BY 2.5. 縮小・WebP変換。 写真出典 CC BY 2.5

ピンと三線の形や伴奏を比べる

イサーンのピンも沖縄の三線も、弦をはじいて音を出し、歌の伴奏などで使われる楽器です。写真で見比べると、棹や胴の形、弦の張り方、音を響かせるためのつくりが違うことも分かります。

The Metの解説によると、ピンはイサーンで歌の伴奏や求愛に使われてきました。現在は電気で増幅し、音をゆがませる演奏もあります。講演資料のエレキ・ピンの写真からも、新しい機材を取り入れていることが分かる。所蔵されている昔の楽器と、今の演奏を合わせて見ると、変わってきた部分も知ることができます。

歌の後を追う演奏なのか、歌の合間に別のフレーズを弾くのか、短い音型を繰り返して踊りを支えるのか。音色以外にも、比べられるところがあります。ピンでも三線でも、歌声から少し耳を離し、弦の音を追ってみてください。

講演で触れている五音音階、ペンタトニックは、1オクターブの五つの音を基本にする音階です。沖縄県は、代表的な琉球音階をド・ミ・ファ・ソ・シと紹介しています。同じ五音でも、選ぶ音や音同士の間隔、旋律の進み方はさまざま。音階や起源が同じと決める前に、自分の耳で似ていると感じる一節を探してみましょう。

沖縄国際カーニバルで道を練り歩くエイサーの演者(2010年)。本文の公式MVや特定青年会の映像ではありません。
沖縄国際カーニバルで道を練り歩くエイサーの演者(2010年)。本文の公式MVや特定青年会の映像ではありません。 · TSGT Jason W. Edwards / U.S. Air Force · Public domain (U.S. federal government work) · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

タイの行列と沖縄の道じゅねー

タイの出家の行列で奏でる音楽と、沖縄の青年会の道じゅねーも、講演では続けて紹介されます。道じゅねーは、旧盆などに地域を練り歩くエイサーです。ステージの演奏とは違い、道や集落を移動しながら奏でる様子を映像で見ることができます。

太鼓や金属の打楽器が鳴り、歌に掛け声が重なり、周囲の人も踊り始める。旋律を聴くだけでなく、その場に参加することも含まれています。映像では歌い手の周りも見てみましょう。誰がどこで応え、どんなときに体を動かすかが分かります。

タイの出家の行列と沖縄の旧盆行事は、目的も担う人も異なり、同じ儀礼ではありません。それぞれの場で音楽がどう人を集め、普段の道でどんな時間をつくっているのか。その様子を別々に見たうえで比べる選曲です。

衣装にも、土地の織物や模様を使ったもの、舞台に合わせて組み直したものがあります。伝統的という言葉だけでまとめず、歌や振付と一緒に見て、どういう印象になるのかを考えてみることもできます。

聴き比べ①「O.K.บ่อ้าย」と「ダイナミック琉球」

カーオティップ・ティダーディンの「O.K.บ่อ้าย」は、気になる相手への恋心を歌っています。2012年の公式MVに映るのは、田畑や地域の模様を使った衣装。この曲の研究でも、イサーンの言葉や節回し、楽器、風景を組み合わせているところが取り上げられています。

続いて聴くのは、成底ゆう子の「ダイナミック琉球」。平田大一が作詞し、イクマあきらが作曲しました。海や島の自然、人の思いを大きく歌う曲です。KING RECORDSの2011年版映像を載せています。語りのような口説、くどぅちと、歌の部分の違いにも耳を向けてみましょう。

恋心を歌う曲と、島への思いを歌う曲なので、歌詞が同じという比較ではありません。言葉を伸ばす歌い方、繰り返すうちに高まる気分、踊りと合わせた音。それぞれを続けて聴くと、自分が近いと感じた部分を探せます。講演では、こんな聴き方も提案されています。

イクマあきら自身による「ダイナミック琉球」の公式MVもあります。同じ曲でも、歌い手が変わると声の出し方や音の厚みはどう変わるでしょうか。タイと沖縄を比べた後、同じ曲の別の演奏も聴いてみることができます。

聴き比べ② 祝いの歌と、遠くの人を思う歌

講演には、りんけんバンドの「ありがとう」も登場します。照屋林賢が作詞と作曲を手掛け、結婚や子どもの成長、長寿などを祝う曲です。言葉の意味を知って聴くと、繰り返す感謝の言葉や合いの手が、人の集まる祝いの場面にどう関わっているかを感じ取れます。

ここでモーラムや祭りの音楽に戻ってみましょう。一人の歌に周囲が応え、繰り返すフレーズを覚えて一緒に参加する。歌に描かれる暮らしは違っても、歌い手と聴き手がどうやり取りするかは、両方の音楽で比べられます。

ネーネーズの「真夜中のドライバー」は、1994年のアルバム『コザdabasa』に収録されています。岡本おさみ作詞、知名定男作曲。都会でタクシーを運転する沖縄出身の恋人を、離れた場所から思う歌です。仕事の疲れや別々に暮らす不安を描きながら、島の歌が故郷を思い出させます。

サウジアラビアへの出稼ぎを歌うモーラムと続けて聴くと、音階以外にも比べられるところがあります。土地を離れる人と待つ人の思い、暮らしをよくしたい願いや寂しさ。社会の背景が違う二曲を同じ物語にせず、それぞれの人の立場から聴いてみましょう。

講演は、海外で暮らすラオ系の人々やウチナーンチュにも触れています。故郷の歌を聴くのは、地元にいる人だけではありません。遠くへ移った人が歌い続け、次の世代に教えることも、その音楽を支えています。

パタヤで供されたマンゴーともち米の菓子(2023年)。MILLIが舞台で食べた菓子の種類を説明する参考写真で、Coachellaの実物や本人の写真ではありません。
パタヤで供されたマンゴーともち米の菓子(2023年)。MILLIが舞台で食べた菓子の種類を説明する参考写真で、Coachellaの実物や本人の写真ではありません。 · Arthur Taksin · CC BY 4.0 · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

ラムヤイの歌とMILLIのラップ

後半で取り上げるラムヤイ・ハイトーンカムは、タイ語ではลำไย ไหทองคำ。「ผู้สาวขาเลาะ」は、遊びや祭りが好きな女性が、気になる相手への恋を自分の言葉で歌う曲です。2016年の公式歌詞動画で、歌の流れと言葉のリズムを一緒に聴けます。

作詞はアーム・チュティマーです。歌手だけでなく作り手の名前から、別の曲を探すこともできます。この歌の女性は、イサーンの女性全体を代表する人ではなく、一曲の語り手。声の勢いや言い切り方、力を抜くところを聴くと、歌い手自身の表情も伝わります。

MILLIの「พักก่อน(Phak Kon)」は、本人が詞を書き、NINOがプロデュースした曲です。人間関係への苛立ちや、少し落ち着こうという呼びかけを、強い口調とユーモアでラップしています。俗語や強い表現も含まれる歌詞です。

2022年、MILLIは88risingとともに米国の音楽祭Coachellaに出演しました。所属先のYUPP!は、ステージでマンゴーともち米のデザートを食べたことも紹介しています。世界のポップスの舞台に立っていても、身近な食べ物や言葉を表現に取り入れられる。その姿が話題になりました。

ラムヤイの歌とMILLIのラップを続けて聴くと、メロディや言葉の詰め方、声と伴奏の関係が違うことも分かります。二人それぞれの歌い方を楽しめます。

テレビ番組収録時のバード・トンチャイ(2012年)。「เรามา Sing」の歌い手で、紹介したMVの一場面ではありません。
テレビ番組収録時のバード・トンチャイ(2012年)。「เรามา Sing」の歌い手で、紹介したMVの一場面ではありません。 · KanavaroT · CC BY-SA 3.0 · 縦横比を保って長辺800px以内に縮小・WebP変換・メタデータ除去。加工画像も元と同じライセンスで提供。

タイの原曲とBerryz工房のカバー

2000年代には、タイの音楽表現や産業にJ-POPやK-POPも影響しました。一方で、タイの曲を日本で歌うこともあります。講演で紹介されるBerryz工房の「cha cha SING」は、その一曲です。

2012年発売の「cha cha SING」は、バード・トンチャイの曲のカバーです。タイ語版「เรามา Sing」と続けて聴けます。Hello! Projectの公式作品情報では、原詞がMukek Jongmankhong、作曲がSudsan Wongsamut、日本語詞がつんく、編曲が大久保薫と紹介されています。

同じ曲を、違う言葉や歌い手で歌うと、新しい聴き手にも届きます。日本のアイドル曲を知っていれば、そこからタイの原曲を探すこともできる。発音や歌い始めるところ、声の人数、振付を比べると、旋律は共通でも変わった部分が見つかります。

CEAは、海外公演や業界の交流とともに、配信やSNSなどデジタルメディアの働きも紹介しています。動画で曲を知り、作り手を調べ、ほかの歌手の作品も聴く。今のT-POPでは、そんな聴き方からもタイと海外のやり取りを知ることができます。

モーラムからでも、ルークトゥンやバンド、アイドル、ラップからでも、次に聴く曲を探せます。国籍や見た目だけでタイらしい音を決めず、一曲の中の声や楽器に耳を向けてみましょう。T-POPと呼ばれる音楽にも、さまざまな違いがあります。

曲を聴き直し、ほかの演奏も聴く

同じ曲を、声に耳を向けて聴き、次に楽器を追い、最後に言葉の意味を調べて聴き直す。最初から全部を知る必要はありません。歌詞の内容を読んでからMVへ戻ると、見過ごしていた風景や身振りに気付くこともあります。

知っている沖縄の歌と続けて聴いて、似たところと違うところを一つずつ探してみましょう。DJハイナさんの選曲をたどると、好きな音楽からタイの曲を聴き始められます。

チェンマイの楽器や地域の歩みを読むなら、ランナーを扱う「チェンマイ音楽史」へ。活動中のバンドを聴くなら、SANIMYOKと瑛人の「Free Bird」を紹介する特集があります。タイと沖縄を聴き比べたあと、気になったバンドや曲をさらに聴くこともできます。

原案・講演資料

DJハイナ(DJ817)『THAI POP MEETING 新春タイポップ大会』、2025年1月12日、全83ページ。ゲスト HASSI(ソムタムワナカーン)。

FreeBirdChiangMaiが、DJハイナさんの選曲と、タイと沖縄を聴き比べる考え方に沿って構成し、加筆編集しました。歴史の説明は公開研究資料と公式資料から、曲の紹介はアーティストやレーベル、正規配信サービスの情報からまとめています。

タイの曲を聴いてから沖縄の歌へ戻ると、前とは違うところが気になるかもしれません。覚えた曲をもう一度かけて、声や楽器を聴き比べてみてください。

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